月刊ブラック

ただの備忘録+αです

私は生まれ変わったら柴犬になりたい(それから、私のここ一年の結構くらい話)

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 朝飯を食う時間が無くて研究室で一人カップ麺を食っている。食べきったと思ったが、ふと、机に取りこぼした長い麺を見つけたのでスープの中に入れて改めて啜った。自分でもひどく意地汚いと思った。

 

 


■ここ一年間の月山馨瑞のあらすじ

 ツイッターでもごちゃごちゃ言っていたが、そういう断片的な情報を集めた、ここ一年あたりの私の近況を箇条書きする。

 

・ブラック研究室に入ったパワハラなど)。
・二次配属(ゼミに遅れて入ってくる成績の悪い人達)だったので引き継ぎを全く受けられないまま、実験に入った。
・ブラック研究室に拘束されながら就活突入。要求量が高いので就活が上手くいかない。
・仕事を見つけなければいけないプレッシャーと、研究室の現実とで板挟みになり、精神を壊す。
鬱病希死念慮がひどくなる。
・6月初旬精神科通院開始。
・二人だけ馴染みのある人がいたが、その仲間がどんどん辞めていく。
・9月まで就活がまともにできない。
・9月初旬でキレて研究室を出る。一ヶ月間就活をしまくった結果9月末に内定取得。
・大学生課など様々な所に相談したが、研究室を辞める事はできないとの事。仕方なく10月末復帰
・快復していた鬱病がひどくなりながらも、研究室に通い続ける。
・今に至る。

 


以下、自他ともに私の事を振り返るため、ある程度文章を書いていこうと思う。


主に研究室関連の話なので省きましたが、『とある女性にゾッコンになるが、相手はその気でなく、最終的には彼女を傷つけて連絡不通となる』というストーカー的な事もやっていたのですが、取り敢えずここでは……置いておきます……

 


■研究者という人間はひどく特殊だ。
 

 何故私が、研究室を失敗してしまったのか、それがいつから始まったのか、実の所説明するのはとても難しい。ただ、誰が悪いだとか、環境が悪いだとか、そういう一つずつの小さな要因が、幾多にも絡み合って最悪の現状を作り出してしまったのだと思う。だから、取り敢えずは、私という一つの視点から見て、物事を一つずつ追っていき、その度に検証していくのがまずは手っ取り早い方法だと考えられる。


(こういう事を書くと身バレをするけれど、私はそういった物事に関心が無いのでこのまま進める)私の研究室は、修士生が一人しかいない状況だった。つまり指導・アドバイスしてくれる人がほとんどいなかったのだ(教授は指導しない)。

 

 少なくとも私は、遅くから研究室に配属されたから文字通りそこからのスタートであった。たった1人のM2も口下手だったし、そもそも私の研究グループに属していなかった。ノウハウの継承が行われない。情報がどこに保存されているかも分からない。何をすればいいかすらも分からない。まず、どこに資料があるかさえ分からない(無論他のB4生も頼りにはならん)。


 理由その1『全て一人で行わなければならなかった』

 

 さて、この大学は小さいので准教授とか助手とかそういう人間は存在しない。研究室を監査するのはたった1人の教授だ。そして教授になろうとする人間は大抵、コミュニケーション能力ならびに社会的能力が大幅に低い、あるいは偏っているのが多い。


 私の上司にあたるこの教授は、とても特殊な男だった。どう特殊かというと、

 

・頑固な団塊世代
・基本的に話しかけると嫌な顔をする
・基本的に要求量が多い
パワハラ
・雑談が政治の話しかできない
・就活をさせない
・普段は教育に不熱心(なおゼミの時間は質疑応答にとても長い時間を取るので、カウンセラーからは「教育熱心な先生」と思われているようだが、それなら定期的に実験の様子を見たりだとかすべきだと思う)
・典型的な研究者タイプ

 

 この『研究者タイプ』というのがクセものである。長くなるのでこれについてはまた今度の機会に書くが、この『研究者タイプ』の人間が私はとても不得意であった。無論唯一の古株だったM2も、この研究者タイプである。
 

 端的に言って理由その2『人が合わない』

 

 その他、コアタイムが一般会社のそれとほぼ変わらない事、B4の人間関係構築の崩壊によってコアタイム中誰も喋らない事、研究がクソつまらんなど、様々な要因によって『環境が悪い』研究室となってしまった。これが理由3。

 

 


■大学はもはや研究機関として崩壊している。

 20世紀から21世紀にかけて大学は数を増やし、またその形態を変えていった。
 

 端的に言えば大学は研究機関としての機能を一部失いつつある。

 崩壊していると言ったほうが正しい。
 

 教育論については専門外であるが、恥を忍んで論じる。元来大学というのは文理関わらず研究機関であった(はずだ)。入学した大学生はより高等教育、あるいは専門教育を受け、中卒者高卒者よりも高い専門性を得る事となる。特に理系学生は教授の元で、修士過程・博士過程に進み、より優れた研究者へとなる。


 つまり過去の大学では、大学生は『勉強/研究する為』に入学し、その専門分野の技術で(企業・大学に)従事するのである。


 だが日本という国が富むようになり、また技術発展による科学分野の細分化によって、大学進学率は増加していく事になる。

 

 この時社会と大学との関係に綻びが生まれた。

 

 専門性を持つ大学生が増加し人材として社会に供給されるが、社会の企業とその専門性は必ずしもマッチしない。深く狭い知識を持った大学生が多くなったからだ。

 対して企業というのは水処理からコンピュータまで千差万別だから、当然噛みあう事は難しい。


 大学への若者の供給は多くなる。だが大学の研究に人はたくさんいらない。
 結果、企業就職を選ぶ学生が多くなる。
 当然、企業側としても大学新卒採用率が高くなる。
 その結果起きたのが『大学のアミューズメント化』である。――大学は研究機関から最早『就職予備校』へと変化してしまったわけだ。


 研究室にいるのは研究に人生を費やした初老の団塊世代
 対してやってくるのは研究をするのに必ずしも向いていない、様々な思想・目標を持った学生達。無論、彼らのほとんどは学士で卒業する。専門分野に就ける人間はわずかだ。


 大抵の場合、何年も続いている研究テーマを教授は学生に引継がせるものだ。しかし無論、研究にモチベーションのない学士では、その研究を大幅に進める事は困難である。

 

 ある研究室の、数年間の研究進捗は学士卒がいればいるほど悪くなっていくはずだ。

 知識を持ってじっくり研究を進めるベテランがいないからである。


 つまりここで綻びが生じてくる。大学は研究機関であったはずなのに研究の効率は悪くなっているのだ。


 これにはまた様々な理由(教授が授業を受け持っていて研究に集中できない、など)があるのだが、(不勉強だし)取り敢えずここで終わらせて、私の話に戻りたい。


ダブルバインド

 

 自分のしたくない事をする。

 自分の合わない人と生きる。

 これは結構しんどい事だと思う。こういう環境で働いてる人はすぐにその会社を辞めたほうがいいですよ、人生の無駄なので)
 

 

 だが私の場合辞められなかった。私には既に500万円をやすやすと越える入学・授業費を支払っていたし、それを無為にして中退する事は出来なかった。仕事に就いて、家を出る必要もあった。

 

 その為就活をしなければならなくなったが、研究室ではタスクの要求量が大きく、就活は上手く回らなくなってしまった。私は元来、人に怒られたくない、失望されたくないというタイプの人間だったから、性格の合わない教授に認められようと、当初は努力していた。ただでさえ、遅れて入ったのだから。


 だが苦しい。

 

・研究室で努力しなければならない。(大学を卒業しなければならない)。
・就活を早く終わらせて仕事を決めなければならない。
・合わない人とやっていくのはとても苦しくて、厳しい。


 こういった矛盾する命令を心の中に両方共抱き続ける事を心理学的な用語で『ダブルバインド』という。


 こういった精神状態に陥った結果、元来鬱気質だった私は精神科に通院する事となった。

 

 

■就活は、生きがいを感じた。

 それから様々あった後、私は耐え切れなくなり、教授と絶縁する事に決めた。もう顔も見たくないという状態になった。研究室から出て行ったのは9月の初め。それから一切顔を見せなくなった。

 

 研究は苦痛の極みだった。教授は学生を評価しないし、内容は私の興味の無い事だったし、実験も単調でつまらないし、何より打ち止めになっていたのだ。研究はこれ以上進まない、どうしようもないという所になっていて、私はその最後のくだらない検証をするのみだった。だからやりがいも感じないし、何故こんな苦しい思いをタダでしているのか理不尽しか感じなかった。


 しかし、就活は楽しかった。
 とても苦しかったし当時は追い詰められて焦燥感でいっぱいだったが、しかし生きがいは感じていた。説明会なり面接なり、ES作製なり業界研究なり、その行為は完全に私の為にされていた事だった。その時私は、人のためではない、自分のために生きる事が出来た。


 色んな人との出会いがあったし、もう研究室にはいかなくていいという希望もあった。教授に、研究室のメンバーに会わなくていいという気持ちだけで、もう十分だった。自分のために生きるのはとても楽しいと思った。

 内定式直前に私はとある会社に内定をいただき、無事10月を迎える事ができた。

 


 そして、ここから真の地獄が始まる。

 


■大学はムラ集合体/大学にセーフティネットは無い


 内定を決めた私は取り敢えずカウンセリングに訪問した。
 理由は研究室の変更をし、指導教員を変更してもらう方法を伺うためである。

 
 結論から言うとカウンセラーはゴミだった。
 私の話した内容は以下の通りである。

 

「私はもうあの教授と一緒にやっていくのは無理だし、パワハラは他の学生にもされている。何より既に二人研究室から学生が辞め、休学しているのがその証拠だ。内密に行われた事だが、指導教員の変更は実際に行われたという話もあるし、卒論免除だって可能だ。何故なら私は精神科に通院しているし、何なら診断書だって提出できるのだから。そういう事をするのにはどうすればいいのか、貴方を通せばいいのか、あるいは別の機関に話を通す必要があるのか。どちらにせよ、私はあの教授の元につくのは耐えられない」

 


 それに対しカウンセラーは以下の一点張りであった。

 

「そう言った話を私は聞いた事がない。大学というのは、然るべき卒業認定を取らなければ卒業できないし、そこに例外は無いはずだ。だから頑張って教授とやっていくしかない。教授には私から助言をするが、強制力はない。話を聞けば彼は教育熱心な人だと思うし、上手くやっていけるはずだ。パワハラの相談室なら紹介する事ができるが、しかし卒業認定は取らなければいけないし指導教員を変える事も出来ない。そういった前例は存在しないからだ」

 

 カウンセラーは私を頑なに研究に従事させたがっているようであった。おそらくは自分自身の職業的な立場もあるのだろう、私を頑なに説得しようとしていた  
 

 

 私は絶望した。
 正直ほんとうに目の前が真っ暗になった。


 私は被害者意識を持っていた。ある種、私は教授らに精神を壊され、精神科に通院している身だし、何より私(の親)は教育費を払っているのだ。多少の権利の主張くらい許されているものだと思っていた。だが、駄目だったのだと思う。色々と……


 「」内で私は一切嘘をついていない。全て過去に起きた出来事である。だがそれは物的証拠によって示されなければいけないし、もしそれがあったとしても、私は卒業認定を軽くする事すら適わなかっただろう。それはある種、当然の事だった。

 

 私の甘えでもあったのだと思う


 だが私は、教育機関にしては研究室はあまりにも不透明すぎる、と主張したい。


 本当に大学が教育機関なのであれば、卒業研究というのは指導教員のさじ加減ではなく客観的な規範に沿って行われなければいけない。

 

 また、本当に大学が研究機関なのであれば、就職コースと研究コースをそれぞれ設けてゼミナールを分ける必要があるだろう。(実際、入学してから一年ほど理科系の基礎を学んで、それから機械系、化学系とコースを決める学部が北大などに存在する)。

 
 ここ一年程様々な研究室や大学の様子を見て感じた事は、研究室はそれぞれ小さなムラ社会である、という事である。村長(教授)が全てを決め、彼のさじ加減で成績が決まる。それがどんなに非社会的であっても、それを監視する機関は存在しないし、学生の我々は何にも反駁する事が出来ない。何故ならそこは閉ざされたムラなのだから。

 

 さらにはムラ同士が(つまり教授同士が)閉ざされたコミュニテイを持っているから、学科自体の運営も閉ざされた、風通しの悪いものとなる。

 

 

■身体が壊れた。

 

 私は研究室に復帰した。

 ただただ従うのみであった。

 

 幸い、教授の態度は軟和した。
 カウンセラーから私の現在の状況(精神科通院など)、タスクを減らしてほしいとの要望が伝えられた為である。

 

 これからは研究をして卒業論文を書かなければいけないのだ、と私は思うようになった。


 だが、研究室に通うのは辛かった。
 何がストレス要因になっているのか分からないのが一番辛かった。
 交友関係もある程度は構築できている。人間関係は悪くない。
 しかし研究室に一日中いるのはとても苦しかった。時間がひどく長く感じた。


 あんまりにもストレスを感じたので身体が壊れた。
 顔面の筋肉が痙攣するのは前からあった。
 だが、大学にいると時折身体の痙攣が始まるようになった。
 全身の筋肉がびくびくと痙攣を起こし、ひどい時は手の震えで感覚が無くなるようになった。


 これは堪えた。やろうと思っているのに身体が動かなくなるのだ。


 本当に私は壊れてしまったのだと思った。


 しかし頭を壊され、身体も壊された環境に今も向かい続けなければならないというのはお笑い種である。

 


■生きがいが見つからない。


 こうして、今に至る。
 これが私の3月から12月までの報告である。
 本当に、一年で何もかも変わってしまったと思う。


 こう言ってしまうと何だが、幸い身体の痙攣は、最近無くなってきた。薬によってある程度緩和する事も出来る。だが途方もない疲労感や無力感、強いイライラはひどくなったりひどくならなかったりしている。よくわからない。


 一番苦しいのはこういう事に理解者がいないという事である。私のような人間で、私と同じようにこういったブラック研究室に入った人間は、友人に誰1人も居ない。本当に、誰1人も居ないのだ。似たような環境の人はいて、ある程度みんな研究室に不満を持ってはいるが、しかし基本的に楽しくやっている。

 

 また、私の家族は大学のゼミナールそのものに理解が無く、私の愚痴や悩みというのを理解しようとはしない。


 そういう意味では、私の所属する研究室は偶然、ある種奇跡的に生まれてしまったブラック研究室なのだと思う。

 

 また研究室が多種多様だからこそこの大学ではセーフティネットも育たなかったのかもしれない。


 最近はひどく空虚で厭世的に生きている。何のために生きてるのか分からない。
 小説や漫画の話をとある所から貰ったので、それを作っている時は、人生の事を忘れられて楽しい。しかしそれもまた、苦しくなってきた。結局のところ私は何も書けないのだという無力感がずっと蔓延している。抗鬱剤は飲んでいるし動けないという事は無いのだ。だからこれはそれとは別の症状だと思う。これだけは何とも耐え難い。


 それで、今日考えていたのは、私は『怒り』を燃料にして生きる必要がある、という事だ。怒りを使って、あるいはそれ自体を描いて、文章なりを作っていく必要があると思う。というよりは、そうしなければ私はもう死んでしまうと思う。


 こういう文章は需要が無いし、今までは書くつもりもアップロードするつもりも無かったのですが、そういうわけで自分が生きるために載せようと思います。こういうのを読んで、共感などをしてくれる人が一人でもいたら、それでいいと思うのです。もちろん、いなくてもいいです。


 

 

ないないないないないないないないない

ノンフィクションというか、短い区間で定期的に文章を書こうと思って、ブログの記事を書くことに何度か挑戦していた。だが、何と言うか、別に人様に話せるような面白い体験なんてめっきりしてないし、何か書こうと思っても説教臭くなったり、つまらなくなったりする。
 
何にも書けないのでとりあえず思った事を書いてみようと思う。
 
とにかく大学研究というものに面と向かって働くようになった今日このごろ、人生がものすごくつまらなくなってしまった。とにかく日常がつまらない。大学にいるのがつまらない。完全に無。
 
 
■大学研究はクソ
 
何故つまらないかというと、まず第一に自分の研究はひどくつまらないものだし、やりがいもないものであるからだ。詳しく説明をすると長くなるので省くが、簡便に言うと電気化学的な分野で、水素エネルギーを作る反応に関わる、電極を研究している。「水素エネルギー」というと面白そうに聞こえるが、(これも研究室が特定されるため説明を省くが)、「きっとこの研究は将来に渡って絶対役に立たないだろう」という事が、うすうす分かってきてしまったのである。
 
これには2つ理由がある。一つめは小難しい言葉を使うので無視して構わない。
 
一つめには自分のやっている系は、もちろん実験室レベルなのだが、とてもじゃないがプラントレベルの系に応用する事は出来無いだろうという事。普通な事例に例えるなら、車のエンジンを作るためにぜんまい式ミニカーの歯車を研究しているようなものである。ぜんまい式をガソリン式のエンジンに応用するのには根本的な違いがある。
 
二つめは、教授があと数年で定年であり、とてもじゃないが研究が間に合わないという事である。
教授自体、やる気が無い。この前研究室に保険屋を呼んで、何らかの(個人的な!)契約を結んでいたが、その時聞こえてしまったのだ。「もうやる気がないからさっさと仕事は辞めてしまいたい」と。仕事にやる気が無いのはお互い様だし結構なのだが、まず目の前で言われると萎える(し、そういう話は研究室に持ち込むのではなく外のラウンジとかでする事である、ただでさえ大学まで呼んでいるのに)。それから、そんな事を言うくらいなら研究をまとめる準備だとか段階だとかに入ってほしいものである。
 
大体自分のやっている事の全てが、結局はなあなあで生きている老人の、手柄になる事自体腹ただしい。研究のテーマを選ばせて貰えるのならともかく、研究室の引き継いできた研究をやり、しかもそれは何ににもならないまま「結局無駄だったね」と教授の定年と共に葬り去られる。
 
まあそれから、あと単純につまらない。身にもならない。
 
「研究なんて楽しいものじゃないし辛いことばかりだ、そんなものだ」と言いたい人もいる。
 
そんな方々のためにまず鏡を見てほしい。
 
メガネをかけていますね? 
 
これがメンタリズムです。
 
■未来
 
他にも生活がつまらない理由がある。未来に希望が無いからである。
 
研究室に心身を壊され適応障害になったという話はまた別の機会にするとして、そのために私の就活は九月の終わりまでかかってしまった。決まったのは技術職、それしか無かったからである。
 
技術職という事はつまり、今と似たような生活が就職後も待っている、しかも一人暮らしで金を作らなければいけないからそれから逃れる事はできない。
 
今と違って賃金と顧客と目標が存在する仕事だからまだマシかもしれないが、自分は多分会社勤めに向いてないと最近感じている。いたくない場所に長時間いるのが耐えられないのだ、人と比較して。
 
というか我々の世代の未来に希望はない。これから先日本は必ず没落していくことだろう。そういうわけで政治的思想に傾倒したいところだが、右も左もバカばかりだから手がつけられない。
 
何にも希望がない、この生活が続くのか。
 
 
■孤独と死
 
他の友人はみんな研究室に慣れ親しみ、愚痴を言いながらも通っているから悩みを共有する事はできない。研究室に苦しんでいた少ない友人は、みんな辞めてしまった。
家族の中に大卒の者は居なく、バカなので話を理解してくれない。悩みを共有する事はできない。
 
どんどん眠くなって、脳みそがしびれている気がする。今まで楽しかった事が楽しいと思えない。今までやりがいを感じてきた事が、感じられなくなっている。とにかく無力感が激しく、自分は何もできないような気がする。
 
ストレスを感じると顔面や身体全体がけいれんするようになった。薬の副作用ではないと思う。ただこれがやっかいで、ストレスがひどいと脚のしびれや貧血のような症状も覚える。
 
今ではだいぶ慣れたが、「とうとうおれはここまで壊れてしまったのか」と途方もない気分になる事が多い。
 
小説は書いている。何にも書けない。昔は湧き上がっていた頭の泉が、今は止まっている(三週間前までは動いていた)。
 
 
■なんとかしなければいけない
 
とにかく、こんな退屈な毎日を、今後も生活しなければいけないのかと思う。絶望感をずっと感じている。楽しい気分になろうと何かをしていて、その間は少し忘れられるが、それが終わるとすぐにまた同じ気分に戻る。
 
ハースストーンも最近ものすごくつまらなく感じる。だがこれはネットでもみんな言ってるので私のせいじゃないと思う。
 
ゲームとかやってもすぐ何か昔の事のように思えてしまうな。ドキドキ文芸部なんかすごい面白く感じたんだけど、一週間くらいしか経ってないのにもう一年前にプレイしたように遠くへ行ってしまう。あとToSは何が面白いのかあんまり良くわからない。
 
ここまで書いてきて、精神科に通う事になった六月の時と、気分がほぼほぼ同じだという事に気づく。無くなったのは憂鬱な感情と自殺念慮のみだ。精神のせいもあるが、多分環境が本当に悪いのだと思う。でも逃れられない。大学には何百万円も払ってしまった。今更辞めるわけにはいかない。
 
なんとかしなければいけない。ただ、自分がどうやって暮らしていたか忘れてしまったと思う。
 
やる事が無いけど帰りにくいこの研究室の時間に、こうやって文章を書いていると少しはまともな気分になってくる事が分かった。今後もこの時間になにか書いていきたいと思う。出来れば何かを書く事で報酬を得られるような仕事に就きたいと思っているが、途方もない夢のように感じてしまう、昔はリアリティのある目標だったのにな。
 
 
 
 
 

川を行く。 多摩川編

 

 どうもこんにちは。突然ですが僕は川が好きなので、多摩川に行ってきました。

 

 

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 何を言っているか分からないと思うのでまずは写真を見てください。

 

 

 

 

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 川~

 

 

 

 

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 川ですね~~

 

 

 


■川の魅力

 

 改めましてどうも。

 

 僕は日常の空いた時間に、川沿いを歩いたり植物や生態系を観察したりするのを、趣味としておる人間です。

 

 川の何が良いかというと非日常と日常の微妙な融合にあります。

 

 住宅地、職場、そのすぐ傍でずっと水が流れ続けている、水道から出る水量とは比べ物にならないほど、大量の水がどこからか流れてきて、我々の目の前を通りゆき、そしてまたどこかへと流れて行ってしまう。そういう日常と全く違うレベルのスケールにロマンや感慨というのを感じるのです。

 

 

 

■自転車で多摩川の河川敷を行く

 

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 今回は自転車で多摩川河川敷(東京側)に来ました。大田区が管理しているようで、公園というかレジャー施設というか、そういう感じでかなり綺麗に整備されています。芝も刈り揃えられてますしね。近くに団地がたくさんあるので、そこに住んでいる親子連れが各地で遊んでいたりします。テントを張って軽いピクニックを楽しんでる大連れも。

 

 ただ草むらを少し奥に行くとブルーシートで作られた謎の住居があったり、軽バスが乗り捨てられている茂みの向こうに木造の家屋があったりと、しっかり闇の部分を持っているのが、ここ多摩川河川敷の特徴の一つといえるでしょう。

 

 この日は土曜日だったので子供がたくさん駆け回り、あたりではテントがちらほらと建っていました、写真には写っていないんですけど。

 

 

 

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 第二京浜道路の大橋から降りて、陸側に行くと謎の建物に遭遇。水路の流路で調整する水門のようですが、今は動いてないようです。

 

 

 

 

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 水門がある所から水面をのぞいた写真。脇から周りこむ事でこの土の地帯に降りる事が出来ます。この前見た時は大学生数人組が、生態系調査みたいななりして釣りをしていましたね。

 

 

 

 

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  自転車でさらに進行、この時点でかなりへとへと。砂利道を自転車で走った事が無い方には分かりづらいでしょうが、舗装されてない道を走るのは普通より二倍くらい疲れるのです。

 

 

 

 

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 そしてさらにしばらく行くと野球場へ。どうやら小学校のチビッ子野球チームがあるようで、幾つものコートで野球がプレイされていました。

 

 

 

 

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 ここで体調を崩して橋下でダウン。日射病になりかけました。

 水分補給も大切ですが、体温を下げる事も肝要です。日差しが強い日は体温調節がうまく行かず、体温が上昇しがちなので適度に休憩を取りましょう。持参する水分は工夫して冷えてる状態に保つとベスト。この日俺のはぬるっぬるだった。

 

 

 

 

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 ひとしきり休んだら Uターンし、自転車道から戻る事に。熱い風と冷たい風が交互に肌に当たって、とても気持ちいい。

 

 

 

 

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 謎の建物。

 

 

 

 

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 戻って京浜道路の橋の下。柱にはTHE落書きがされてます。

 

 

 

 

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 写真のサッカー少年が柱の印に的当てしてました。少林サッカーという映画で、主人公が何十メートルも先からサッカーボールを何度も同じ的に当てるシーンを、何故か思い出した。

 

 

 

 

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 橋脚から周りこんで行く。荒々しい道のすぐ横には背の高い植物が植生しております。

 

 

 

 

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 橋脚の裏。自然と人間。ここから川辺に行く事ができます。

 

 

 

 

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 川のすぐ傍。頑張ればこっから下に降りて砂浜に立つ事もできます。生き物の気配はあまり感じませんでしたね。荒川アンダーザブリッジという漫画の巻末漫画で、作者が実際に荒川に取材しに行ったらザリガニ釣りをしているホームレスに出会ったというエピソードがありますが、ここでは厳しそう。でも水鳥はけっこういるので、それに食べられる虫もある程度いる、はず。

 

 

 

 

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 ここから先に行くとコンクリで舗装された地帯に。数か月前に来た時よりもアップグレードされていたので、将来ここに何かの施設が建設されるのでしょうかね?

 

 

 

 

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 さらに進むとこちらは長年放置されたトラクターおよび船群。昔はボート乗り場だったのでしょうか。

 

 

 

 

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 「ドアとは一体……」と思わせるような廃墟っぷりがたまりません。やはり何かしらの施設がここにあったのでしょうね。

 

 

 

 

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 だだっ広い空間が広がっているので、遊びに来ている親子連れやジョギングをしている中年男性の姿が多くみられます。

 

 

 

 

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 「ベンチで寝ているパパ二人と退屈している子供たち」という、世界中で何億と起きているであろう光景を目撃する事もできました。

 

 

 

 

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 この広大な川、頭上を覆う青空。普段、液晶モニタを前にゾンビの如く仕事をしていると、こういった異世界が存在している事を忘れてしまうと思いませんか?

 

 

 

 

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  多摩川の特徴を一つ上げるなら、川から少し離れたらもう住宅街で、見た目が平凡、川の存在を微塵も感じられないというところにあります。

 

 どこの道も無駄に広いという特徴がありますが、これはここら一体が工業地帯で、大型車が通りやすいよう設計されたから、ですかね。

 

 

 

■総括

 

 今回多摩川に行った日は猛暑で、日差しが尋常じゃないほど強かったので危うく倒れかけました。たまたまタイミング悪く、この日は慣れていない薬を飲んでいたので吐き気も酷かったんですね。川巡りは体力がいるので体調管理には気を付けましょう。

 

 今回は人目が多かったんであんまり探検はしなかったんですが、獣道(?)を抜けて水面ぎりぎりまで行くこともできます(滑り落ちたら最悪死ぬ)。こうすると濡れたコンクリの上を冷や冷やしながら歩いて、飛び立つ水鳥や腐ったマヨネーズの容器に遭遇するという体験もできます

 

 時間があってこうした探検ができたら、またこのように記事にしたいですね。そういえばチェアリングもやってみたい。自転車だと飲酒運転になるけど。終わり。

 

 

 

 

 

 

近況報告

 
 最近の事・何やってるかについて、報告する。

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 四月は思い返せば何もやっていなかった。新しい環境(ゼミ)に入ってブラック気味だったので疲れ、就活はだるくなって中断し、人間関係と社会に疲れ、何も出来なくなった。
 
 一応、二月と三月では短編小説を書いていた。これは色々あって文学フリマという同人誌即売会に出る事となった、正確には大学サークルの部誌に寄稿したと言う形だが。
 僕も顔を出すとか店番を手伝うとかしようと思っていたのだが、多忙っつーか精神を病んで活動に参加できなかった事が以前にあって、それから気まずくなって、結局文フリには行かなかった。
 
 
 
 
 
 四月二十八日、やらかした。具体的には言えないので簡単に言うと、泥酔して女の子にセクハラしまくった。山口メンバーレベルではないがそれに近い事をしてしまったのである。
 
 四月二十九日、ひどい二日酔いで目覚め、酔った勢いで迷惑をかけた人に謝りのLINEを入れる(入れてない人もいます、ごめんなさい)。被害者の一人に話を聞いたところ、月山がやらかした数々のセクハラを、自分は驚くべき事にほとんど記憶していなかった。
 

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 福光しげゆき氏の名作漫画『僕の小規模な失敗』には主人公『僕』の酒ぐせの悪さが描かれるエピソードがあるが、まさにそれであった。『僕』は、やらかした翌日、記憶が無いという事を忘れているのでしばらく彼自身の酒癖の悪さに気付かなかったという。
 
僕の小規模な失敗

僕の小規模な失敗

 

 

 自分は今まで泥酔しても一線は越えないという自負はあったので、漫画の主人公と同じように『まさか、僕はお酒飲んでもそういうふうになるタイプじゃないですもん』と最初は思った。だが、真実であった。
 

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 罪の意識からツイッターを一週間程、閉じる事にした。自主謹慎である。
 
 頭を丸めてやろうとも思ったが、父の説得もあって、やめた。
 
 
 
 
 
 四月三十日・五月一日の記憶は、正直曖昧模糊だ。もともとそれまで自分は精神的にかなりまいっていた。数年ぶりに自殺を視野に考えていたから、相当である。だから月曜日から水曜までは何もする気がおきず、ベッドに寝てるかハースストーンをやるかくらいしかなかった。ハースストーンの現環境はクソクソうんちなので、ストレスを溜めるだけだった。今から始めようと思ってる人はシャドバと同レベルだから他のゲームやったほうがいいよ。
 
 それでも少しずつ回復し、映画を数本見たり構想をしていた小説の冒頭を軽く書いたりできた。
 観たのは『超高速!参勤交代』と『殿、利息でござる!』である。
超高速!参勤交代

超高速!参勤交代

 
 邦画だからと観ないのはもったいない、本当に面白かったので観た方がいい。アマプラ会員特典を使えば無料で観られる。
 
 
 
 
 
 それから何か別の趣味でもやろうかと思って、数年ぶりにガンプラを組む事にした。色々財布と相談した結果、ブックオフにあったGセルフのHGを買った。懐かしい気持ちで組めて、楽しかった。結構かっこいいのでアクションベースを注文して飾れるようにしようと思った。スミ入れをしようかと思ったのだが専用のペンが見つからず、※すみいれのペン見つかりました。いじっているうちにGセルフの左手首がふっとんで、失くした。今も行方不明である。
 
 
 
 
 水曜日から木曜日あたりになってくると、憂鬱な気分は段々と胸のうちで膨れあがってきた。月曜日の不安である。これを書いているのが五月七日の月曜日なので結論から言えば大丈夫だったのだが、休日中はあまり、自分が休めているとは思えなかった。
 
 『もっと休まなきゃ、リフレッシュしなきゃ』と考えれば考えるほど、それが出来なかった。焦燥のようなものが常に付きまとって、クソみたいな気分だった。
 
 GW前は喉から手が出るほど長期休暇を欲していた。だが本当は、自分は休みなんて欲しがってなかった事に気付いた。
 じゃあ何をするべきだったのか、何が欲しかったのだというと、分からない。気持ちを整理する時間だろうか。
 
 
 
 
 コミティアには顔を出した。それまでほぼほぼ外に出てこなかったので、大量の人に軽いパニック発作を起こしてしまい、スミノフを一気飲みするまでになった。だが、今までツイッターでのやりとりしかしたことが無かった人と会えたので、行って良かったと思った。
 
 日曜の文学フリマには顔を出さなかった、疲れてたから。
その代わりバットマンダークナイト)三部作のうちの二作を観た。面白かった。

 

ダークナイト (字幕版)
 

 

 Stardew Valleyというゲームも買った。牧場物語風のセカンドライフゲームで、噂以上に面白い。
 
 ひどく憂鬱な気分だったがバーチャルおばあちゃん氏や月ノ美兎氏の生放送があったので助かった。
 
 それでも酒を飲まずにはいられなかった。暴食(冷凍ピザ+マヨネーズ)もした。
 
 
 
 
 
 GWは酒でやらかした事もあり、三日間は禁酒していた。だが、また徐々に頼るようになった。
 
 アルコール依存の原因の一つには、その人自身の報酬系がアルコールを摂取する事だけに限られてしまうというのがある。
 
 僕がアルコールに依存してしまうのは、そういう理由もあるし、あと不眠症、それから自己破壊の欲求。
 自己と世界との境界を曖昧にして、もう何もかも分からなくなってしまいたい。たまらなくそう思うことが、何度もある。
 
 僕は弱いのだ。その心の弱さが、四月二十八日の事件を起こしてしまったのだと思う。
 
 今はまだ状態はいいが、またそのうちおかしくなるだろう。
 
 でも今は健康保険証があるので(諸事情で三ヶ月以上持ってなかった)、そうなったら精神科行きます。
 
 

出力100%出した次の日は、30%しか頑張れない


一日中頑張った次の日の朝、まあ今日なんだけど、私は一時間半寝坊した。

(注:これを書いたのは4/16)

目覚ましは鳴らしてたんだけどどうしても起きられなかった。「あー八時だな~~~~~~~~~~~~」と思いながら夢の中で男達が裸で踊っていた。悪夢だった。

 

 

■出力100%出した次の日は、30%しか頑張れない。


世の中を生きていると、毎日出勤してその中で残業もしている人達にえらく感心する。
どうしてそんなに頑張れるんだ、というよりはどうしてそんな事ができるんだ、と思う。

現在の職場(注:本当は会社ではないがおおよそそれに近い存在)にいると、そういう人達がたくさんいて、ほとほとうんざりする事もあった。
それで、私はずっと、そういう人達が一日中出力100%を出しているんだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。

 


■みんなばれないようにサボって日々を60%で生きているらしい


「いや当たり前だろ!」みたいな事を思われるかもしれないが、私はそういうのが全然わかんなかったのです。


サボる、というと言葉が悪いし「いやサボってねえよ」と怒る人もいると思う。


言いたいのはいわゆる「普通の人々」は無意識に一日の要所要所で力を抜くことができるらしい、という事なのだ。


「無意識」というところがポイントなのです。


そういうメタメッセージをこの年まで学ぶ事ができなくて、私はそういう事をうまくやりくりする能力が欠如しているのだ。Oh...


ちなみに私は軽度のアルコール依存症で、ストレスで毎日キリン焼酎ハイボールをロング缶一本、多いときは二本飲まないとやっていけないのだが、そういう事を某懇談会で話したら「えぇーっ!?」と驚かれた。みんな毎日酒飲まないの…………よくまともな精神状態保ってられるな、、、

 


■解決方法

意識的にサボるしか方法はないだろう。いやマジで。


素の自分を評価してほしい、というピュア特有の考えは一切捨てて、ひたすらに自己の膨張に励むのだ。

 
そもそも他人は(ex:上司、教授、同級生、親、家族)は自分に、自分自身が思っているほど関心がないというのが言われている。


本当は用事がないのに、用事があるんでwって言ってサボったりするのが、この社会では肝要なのだろう。


ここまで生きてきてなぜこんな事に気づけなかったんだ……。
ぼくはもうこの社会で生きるのに疲れたよ……。

 

 

■生きるのがしんどい
つらいのは、100%出力したその次の日も、60%を求められているというところだ。


少なくとも私は、出力100%出した次の日は、30%しか頑張れない。


そういう時はどうすればいいのだろう。

 

(オチはなし! がんばれ!)


(おわり)

 

 

 

祖母が滅茶苦茶手の込んだ「オレオレ詐欺」に引っかかって720万振り込みそうになった話。

 

 

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皆さんお元気ですか? 花粉も徐々に収まってきて本当に過ごしやすい季節がやってきましたね。僕の祖母は詐欺に引っかかりました。

 

 

いや、金を支払っていないので正確には詐欺未遂です。結論からいうと犯人には逃げられたので勝敗は引き分けといった形です。

 

ただその手順が非常に手が込んでいたので、犯罪に対する注意勧告として、また詐欺師が便所のネズミもゲロを吐くような邪悪な精神の持ち主だから、あるいは単純に話が面白いので、このエントリを書こうと思い当たりました。

 

ちょっと長いですが読んでくれれば幸いです。

 

 

 


■登場人物・場所

  • 僕(月山馨瑞):ブラック研究室で日々精神を病んでいる。
  • 祖母:数年前認知症の疑いがあったが最近は盛り返している。
  • 祖父:最近伯父から喜寿のお祝いを貰った。
  • 伯父(Y):IT関連の小さい会社で働いている。M高卒
  • 詐欺師A:伯父を騙った男。
  • 川島さん:そんな男はいない。
  • 警備員のBさん:そんな男はいない。
  • T医大:西新宿にあるという。
  • M高等学校:最近卒業生の個人情報が漏れた。

 

※話せない所以外は真実を話しているつもりです。しかし僕は事件の場にいなくて、祖母からの又聞きで話を聞いたので、本当とは異なる部分があるかもしれません。ご了承ください。

 

※ただ話はマジで盛ってないです。

 

 

■4/12日 午後

午後一時から二時くらいに、実家に電話がかかってくる。
祖母、電話に出る。


詐欺師A「もしもし、Yだけど」

 

祖母「どうしたの?」

 

A「今T医大で検査を終えたんだけど、喉のところにポリープが出来てるみたいなんだ。もしかしたら入院して切除しなければいけないかもしれない」


祖母「声が出なくなっちゃうかもしれないの?

 

A「そうかもしれない」

 

という報告を交えた会話をして、「それじゃあ」とAは切ったとのことです。

祖母は自分の息子がガンになったりしたらどうしようと心配になったとのことです。

 

 

 

 

 

皆様、ここで「実は医療費に700万かかるんだ……」というAの電話がやってくると思うじゃないですか?

 

 

 

 

 

ちげえんだよ!

 

 

 

 

 

それからしばらくしてまた電話(たぶん、非通知)

 

祖母「どちら様ですか?」

 

A「Yだよ。あんまりにも動揺してしまって、トイレに行った時に携帯電話と財布を失くしてしまったんだ

 

祖母「Oh...」

 

A「それでさっき警備員さんに言ってみたら『一応警察に行った方がいいよ』と言われたんだ。警備員さんはBさんといって、そっちの電話番号も伝えたから、携帯電話か財布が届いたら電話が来るかもしれない


祖母「分かったわ」

 

それでまた電話が切れたといいます。それからまた数分(あるいは数十分)経ったときに、また別の電話がかかってきました。

 

B「どうも。先ほどYさんとお話しした警備員のBと申します」

 

祖母「どうもすみません。息子がお世話になっております」

 

B「財布だけは届いたんですよ。ただ財布には小銭しか入ってなくて、カードや紙幣は一切盗まれたみたいなんです

 

祖母「困ったわね」

 

B「Yさんがまたお電話したらお伝えください」

 

 

という通話があったというのです。

 

 

 

 

 

 

皆様、ここで詐欺師Aから電話がかかってきて「クレジットカードからお金が全部盗られた。今すぐ700万いるのに払えない! 助けて!」と泣き言を言ってくると思うじゃないですか?

 

 

 

 

 

 

まだ違う!!

 

 

 

 

 

 

またAから電話。

 

A「お袋、実は困った事が起きたんだ」

 

祖母「まだ何かあったの!?」

 

A「近くに会社の決済日が来るんだけど、財布の中にカード(?)が入っていて、それが必要なのに無くなって、金を払わなきゃいけないのにごたごたがあって720万円足りないんだ

 

(祖母は「カード」「ごたごた」と表現しましたが、本当はAが細かくて複雑な話をしていて、ただ単に祖母がそれを理解できなかっただけの可能性が非常に高いです。古い、人間だから、、、)

 

祖母「そんな!!」

 

A「本当にどうしたらいいんだ。もしかしたら頼むかもしれない」

 

祖母「分かった。一応何とかしてみる」

 

 

そういう会話があったので祖母は急いで銀行までいって720万円を用意したというのです。(振込は出来なかったのでこの時三時は過ぎていたと思います)

 

 

 

 

 

 

皆様、ここで詐欺師Aから口座番号を教えられて「明日中にお金を受け取りに行くから用意してくれ」という展開が始まると思うじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

うーん、甘い!!

 

 

 

 

 

 

またAから電話(この時点で木曜の夜)

 

A「Yだけど。どうやらお金の問題は大丈夫みたいだ。川島さんがお母様かお兄様に頼んでくれるみたい

 

祖母「川島さんって?」

 

A「俺の上役だよ。社長が『川島さんのお母様かお兄様に都合付けてくれない?』と言ったみたいだ。お母様の方には警察がもうすでに来ていたけど、お兄さんの方は大丈夫みたいだった

 

祖母「それは良かったねえ」

 

A「ところでお金は卸したりしたの?

 

祖母「用意したよ」

 

A「そう。多分大丈夫だとは思うけど。だけどまだごたごたしていて支払いしなきゃいけないかもしれない。詳しい話はまた明日話すよ


祖母「でも私朝から病院に行かなくちゃいけなくて、家に帰ってくるのはお昼ごろになると思う

 

A「分かった。じゃあその時にまた電話する」

 

そうして木曜日の夜が終わりました。ちなみにこの時僕はゼミナールで遅くまで大学にいたので、この話を聞くことはありませんでした。

 

 

 

 

 

 


■4/13 金曜日 朝

 

僕(酒とポテチのせいで胃焼けがひでえ……飯少しだけでも食うか)

 

祖母「ねえ、西新宿ってどこか分かる?」

 

僕「知らねぇよ。新宿駅の近くなんじゃない?」

 

祖母「昔はこんなに路線無かったのにねえ。今は多すぎてわかんないよ」

 

僕「駅員にきけゃーいいんだよ」

 

そういった会話のあと僕は大学に出勤して、祖母は近くの病院に行きました。
ですがここで予想外の事が起きました。その日、祖母のかかりつけの病院は混んでいたせいで帰宅が一時くらいまで遅れ込んだというのです。

それが偶然、功を奏しました。

 

 

 

 

 


■4/13 金曜日 午後

祖母「お父さん(祖父)、Yから電話がかかってきた?」

 

祖父「かかってきたけどさ」

 

祖母「なに?

 

祖父「あれ、Yじゃないよ! 偽物だよ!!」


祖母「?????」

 

祖父「Yじゃないよ!!」

 

 

 

 

と、祖父が気付き、ここで祖母も怪しみ始め、本当にYなのか色々聞いてみようと思ったらしい、そこで警察に電話をしたようです。

 

すぐに複数人の警察の人がやってきて、様々な準備をしたようです。例えるなら、警察24時のオレオレ詐欺を捕まえろ! コーナーとほぼ同じ事が起きました。
それめっちゃ見たかったな……

 

 

 

 

 

警察の方々にAが話した内容について話し、「できれば逮捕したいのでご協力願えませんか?」という事があってぜひ協力しました。そこに、電話がやってきて、祖母は警察と協力しながらAと通話しました。

 

A「お金預けちゃった?」

 

祖母「アルヨ、手元ニ」

 

A「明日か明後日に受け取りに行きたいんだ。空いてる?」

 

祖母「イケルヨ。Yダケデ来ルノ?」

 

A「いや、川島さんと二人で会いに行くよ」

 

祖母「本当ニ一緒ニ行クノネ?」

 

A「うん。二人で行くってば」

 

祖母「本当に本当に二人で来るんだねッッ!!?」

 

 

 

 

A「はい」

 

 

 

 

 

■4/16 月曜日 夜

 

祖母「だからね。私何度も聞いてやったんだよ! Yは本当に来るの?って」

 

僕「そうだ、って言ってもAは、当日なんだかんだ理由を付けて来ないでしょ。っていうか、何度もそんな事訊くから逃げられるんだよ……

 

祖母「でもその時は完全に私、怪しんでたからね」


僕「怪しんでなかっただろ。俺が怒るまで未だ半信半疑だっただろ」
(注 金曜の夜この話を聞いた僕は「ちゃんと怪しめ」「その時点でおかしいだろ」とかなり釘を刺していたのです)

 

祖父「お前、警察が来ても未だ信じてたばっかだっただろ。俺は最初から気付いてたもんね」
(注 祖父はよくこういうマウントを取る事を言う)

 

 

 

 

■4/13 金曜日 午後五時

 

それで、Aとの通話は終わりました。「明日電話が来たら我々の電話(専用の電話番号を祖母に教えた)に連絡してください。行きますから。明日は外には出ないでください。警察を騙る人物が家に来ても注意してください」と警察の方が言い、五時くらいになって帰る準備をし始めました。

 

と、ここで祖母はある事に思い当たります。帰る前に警察に祖母は言いました。

 

祖母「あの、Yの携帯電話に連絡したほうがよろしいでしょうか?」

 

実は一度祖母は伯父の携帯電話に連絡したといいます。その時は出なかったみたいですが、「あんまり電話をしても携帯電話に私(祖母)の名前が出るから気付かれるかもしれない」と思って電話をしないようにしていたようです(?)

 

 

 

 

■4/16 月曜日 夜

 

僕「ん? それっておかしくない? だって『携帯電話をトイレで失くした』って話は詐欺師の嘘だったんでしょ?」

 

祖母「うん。でも携帯電話に名前が出るとまずいとその時思ったから……」

 

僕「いやいや。だからAの電話が本当に伯父さんなら、確かに電話をかけたらまずいかもしれないよ? でも詐欺師ってもう検討がついてるわけだから携帯電話に電話をかけるって事にデメリットはないわけでしょ?」

 

祖母「そうね」

 

僕「信じてたんじゃん! 詐欺師の事信じてたんじゃん!

 

祖母「混乱してたんだよ

 

僕「信じてたんじゃん!! 信じてたんじゃん!!」

 

 

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■4/13 金曜日 午後五時

 

話を戻すと、警察が帰る直前に、祖母は「Y(伯父)に電話した方がいいですかね?」と言ったそうです。「それはかけるべきです」とあったので電話したところ、なんと一発で出たというのです。

 

伯父「なに? どうしたの?」

 

祖母「アンタ! 今まで大変な事が起きてるんでしょ? 喉にポリープ出来て、病院のトイレで携帯電話と財布を落として、財布の中身全部抜かれて、会社の決済日にお金が足りなくて、川島さんが何とかしてくれるって一時は安心したけどやっぱりお金が足りなくて明日川島さんと二人で受取に来るんでしょ!?」

 

伯父「…………」

 

伯父「それオレオレ詐欺だよッッ!!!!!!」

 

というわけで完全に詐欺であったと分かったわけです。

 

 

 

■後日談

 

後日談ですが、このあと僕が帰宅して、詐欺の話を聞いて怒りました。

 

それから土曜日と日曜日、電話を待ったのですが来なく、月曜日警察の方々がいらっしゃってくださいました。話を聞いて、一時まで待ったのですが結局Aからの電話は来ませんでした。

 

それで、まあ取り逃してしまった、という結果になりました。

 

もちろん警察の方々の力不足という事では一切ありません。それに、おそらくは住所もバレていましたから、家の様子を観られていたという可能性も十分にありえます。被害妄想かな? 

 

でも伯父の話によればM高(伯父の卒業高校)の卒業生名簿(あるいはそれに似通ったもの)が近頃流出したといいます。実際彼の同級生も同様の詐欺にあったそうです。それに伯父の名を騙った詐欺は数年前にもありました。

 

 

 

■なぜ祖母は騙されたのか?

数年前の詐欺の時はすぐに分かって、このような事態にはなりませんでした。
しかし、そのような体験をしていたのにも関わらず、なぜ祖母は騙されてしまったのでしょうか。

 

それこそが、僕が最も邪悪であると思った原因です。

 

詐欺師Aのふるまいは、実際がばがばでした。「生年月日を言ってみて?」と言ったらAは伯父のを答えられたのですが、「父(祖父)の年齢は?」といったところ「80くらいだったかな」と言いました。

 

これはおかしくて、伯父はつい最近、祖父に喜寿のお祝いを送っていたのです。喜寿と言うのは77歳の事を言いますから、伯父がその事を知らないのは完全におかしい。

 

でも祖母は「おかしいな」と思いつつも冷静に判断できませんでした。

 

それは、一重に混乱していたからです。

 

祖母は「Yが重病にかかって声が出ない、さらには死んでしまうかもしれない」という情報を一番最初に聞かされました。その時点で、祖母はひどく動揺させられてしまったのです。

 

さらにはトイレで財布や携帯電話を失くしてしまった、金を盗られたなど、一見詐欺の本質には関係ない情報を祖母に与えていました。このせいで祖母は正常な判断が出来なくなっていたと考えます。

 

 

恐ろしいほどの邪悪な精神だ。全くもって許しがたい行為である。

 

弱者の心をひどい虚構でずたずたに切り裂くのも酷いが、最悪なのは命や生活に関わるような病気をダシにした事です。それは、本当にそういった病気を持つ患者に対する侮辱であると、僕は考えます。

 

本当に、許せない。

 

 

まあ金曜の夜にこの話を聞いた時、僕は「何だよ明日大学に用事あるじゃん! 用事無かったら明日一日中家にいて、警察24時を目の前で見る事ができるし取材にもなるのに!」ヤジウマ根性全開だったんですけどね。
(詐欺未遂と最初からわかっていて笑い話にできたので、許してください)

 


■再発防止のために

NHKの夕方のニュースに「ストップ詐欺被害!私はだまされない」というコーナーがあります。このコーナーはこれまであった詐欺被害などを紹介して気を付けてください! と情報を流すのです。結構タメになるのだが、「こういうのを聞いて気が付ける人間はそもそも詐欺に会わないんだよなあ」とも思ってしまいます。

 

もちろん、このコーナー自体はとても有意義です。特に、自分の身の回りにこういった出来事があってからは、さらにそう思う。

 

面白いのは「詐欺警報」というものです。これは東京23区に天気予報のように、「詐欺警報」を出すミニコーナーで、例えば「北区や品川区で詐欺が多発しているので気を付けてください!」と言ったりするんです。

 

一見「何だよこれ、本当にこんなの起きてるわけ?」と思っちゃうんですが、根本的でないにしろ効果的な詐欺対策と言えるでしょう。

 

何故なら品川区でオレオレ詐欺を計画している犯罪グループは、NHKでそんな事を言われてしまえば、絶対に品川区での詐欺計画を延長せざるを得ないからです。万が一にもターゲットがそういったニュースを見ていて、「気を付けよう」と思っていれば、警察に連絡されて逆に捕まってしまう可能性も高くなってしまう。確かに、ニュース番組の占いコーナーみたいに科学的根拠が無さそうですが、詐欺対策として評価できると僕は考えます。

 

 

ちょっと脱線したけれど、詐欺にあう人は、やっぱり詐欺にあうというのが悲しい所です。じゃあどうするのかというわけですが、この事件を後から知った僕は一点、祖母にはっきり怒った事があります。

 

「どうして俺に連絡してくれなかったわけ!?」

 

この言葉に尽きます。もし僕や家族に連絡してくれれば、「もしかしたら怪しんだ方がいいんじゃない?」という事ができるわけです。自分自身が冷静でなくても、誰かに話す事で冷静になれたり、怪しんだりすることができると思うのです。

 

僕はともかく、これは四十代・五十代で、高齢の親をもつ人達にも言える事だと思います。その人自体が、いくら詐欺対策について知っていたとしても、詐欺師は巧妙で邪悪な方法でその人を騙すわけです。そういった場合に、兎にも角にも誰かに相談できる環境を作る事が、最も肝要であると僕は思いました。

 

まあ気軽に、おっくうでも父親や母親に「詐欺っぽい電話があったらまず私に電話して」と言ってみたらどうでしょうか。

 

別に正義の為だとか老人を守ろうだとか、そういう精神はあんまり僕には無いです。それから老人は金を溜め込んでるから経済的にも金を抜き出すのがいいんだ、というのも、僕には否定できません。

 

実際僕は祖父祖母らの貯金の額に「俺に半分くれよッ!」と思ったくらいです(おそらく彼らの世代自体が、貯金に重きを置く思想を持っていると思われます)。高齢者がもっと消費できる環境になればいい、と僕は思っています。

 

この文章を書いた理由としては、単純に僕が彼ら詐欺師を『極悪人』だと思ったからです。そして、彼らがオイシイ思いをするのは、なんか悔しい。

 

僕の気持ちはこれで以上です。

 

 


おまけ
NHKのやつについて正式名称を調べてたらやべーブログが出てきた。

就活をしていて感じる「巨大なものに飲み込まれる感覚」

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東京ビッグサイトに集まる大量の人! 人! 人!

 マ〇ナビやキャ〇タスなどといった新卒コンサルは、早くは12月から、東京ビッグサイトなどでイベントを開催している。所謂就活イベントというものである。

パーティションでブースを区切り何十社らが、純朴な大学生らに、自身の会社を「宣伝」する。そういう、イベント。

 

 所謂「合同説明会」というものである。

 

私は都内住みの就活生(19卒生)だ。私は2月のいつか、そういった某「超大規模な合同説明会」に初めて参加した。

 

12時頃、だるい身体を引きずって来た私は、初めて見るその光景に圧巻されて思わずこう思った。

 

コミケかよ……ッッ!!」

 

いや、本当にそうだったんですよ。


何千、いや何万もの若者が、一同に真っ黒なスーツにコートを着て、慣れもせず髪を固めて、建物へと吸い込まれていく光景は異常さまで感じる。

 

だだっ広いコンクリートの空間に笑顔でパンフを配るお兄さんお姉さん。大企業のブースには人が文字通り溢れるほど集まり、または社員がまるで「キャッチ」のように大学生を呼び込んだり、中にはブース自体を彩って社員全員がピンクのシャツを着ている所も――
(これは一社だけだったんですけど、本当にあったんですよ、しかもIT)

 

「祭か? 祭が行われてるのか!?」

 

正直そう思った。
コミケコミティアのような同人誌即売会と何ら変わらない。ただただ幾多もの企業と幾多もの大学生が、大波のように巨大なうねりを生み出していたのだ。

 

展示場を周っていると何人か見知った顔を見た。大学の同じ学科の同級生だった。それから高校の同級生にもばったり会った。彼とはあまり話したことはなかったが、そこそこ長い間会話が弾んだ。

 

本当にそれは偶然だったのだが、その「たまたま」に私は内心驚いていた。
同じ年に大学進学したとはいえ、何万何千の中からたまたま高校の同級生に会うというのは、確率的には高くはないことだったからだ。ただでさえ私の高校は院進信仰が強く、就活に進路を置く人間は普通よりも少ないのに。

 

「世間は狭い」のだと思った。

 

 

 


■売り手市場――?

その前日から諸事情があって疲労していた僕は、バン〇ムのグループ会社だけみて、たまたま来ていた友達と待ち合わせ一緒に帰ってしまった。実時間だけで言えば居た時間は二、三時間程度だ。

 

だが別の日、とあるイベントに丸一日かけて参加したことがあった。

 

これも「某」がついてしまうのだが、巨大なビルディングの中にある会場で開かれた、某合同説明会に行ったことがある。

 

午後から始まる合説の前に、一時間程度のミニセミナーがあった。それも予約制であったのだが、何となく私はそれにも行くことにしていた。

 

セミナーで話した講師は初老の男性だった。某大企業で人事をしていた経験を持ち、現在はそれを生かして就活生に話す機会を持っているのだという。最初うさんくさいなと思ったものの、話自体はとても面白くためになったのだが、その内容は省略する。

 

その話の中に、一点、私が驚いた事柄があった。

 

企業向けに人事のコンサルをしていて相談を受けることもある、という文脈。生徒も就活で大変だが人事もそうであるとあってから、

 

「中には『うちの会社になんか来てくれない』と思っている方々もたくさんあって――」

 

何気ない言葉であったが私は「ん?」と疑問を持った。

 

・それって(良い)人材を取りたくても取れない会社があるってこと?

・かなり積極的に手を振らないと(良い)新卒が入ってこない(と会社側も認識している)ってこと?

 

と思ったのだ。

 

今の私の認識で考えれば、それはまあ当然であると言えるのだが、一か月前はそんなこと思いもしなかった。

 

自慢じゃあないが我々は不景気の中生まれた「ザ・さとり世代」だ。育っていく中で、就職氷河期失われた20年(30年)という言葉は嫌というほど刷り込まれた。

 

だから無意識のうちに、就職活動とは、「新卒生が必死に自己をアピールし、それを雲の上から企業陣が良いものを順に摘んでいく」という構図を凝り固めていたのだと思う。

 

恥ずかしながら私はこの時初めて「売り手市場」という言葉を真に考えるようになった。


ただ勘違いすべきでないのは、企業の求めている新卒の質は下がっていないということである。語弊を省みず言うのなら、何でもかんでも企業が物乞いのように新卒を求めているわけではない。

この売り手市場は少子化などといった負の要因から生まれたものであるという。

「雲の上」という比喩表現は過剰としても、「新卒生が必死にアピールし」、「それを企業が良いものを摘む」という状況は変わっていない、と思う。求めている新卒の質自体は下がっていない、ということも前述の話にあった。

 

状況は別にいいわけでは、ない。

 

 


■一万円のバラマき

話を戻して件の合説。

 

ところで、私は人よりも怠惰で貧弱な人間だ。モチベーションの波が激しく一日中何もできない日もある。身体も弱く力仕事など一切合切できないし、疲れやすい。

 

だがこの合同説明会に私は半日も参加し続けた。しかも自主的に、だ(会は入退場自由であった)。

 

何故、合同説明会に自主的に参加し続けたのか。

 

ここで某新卒コンサルのカラクリがあった。

 

この合同説明会には一種の「ご褒美」があった。

 

合同説明会中スタンプラリーのようなものを同時に開いていて、様々な業種のところを回るとシールがプリントに付き、その数で「図書カード」と交換できるというものである。

 

4つで1000円だか5つ+条件で3000だかの条件があったのだが、それを省くとして問題は最大金額である。

 

様々な業種の企業を8つ、周ることで最大1万円分の図書カードが貰えるのだという。

 

「1万円……!?」

 

普通に驚く。アルバイトを普通に行い、また現在仕事に就いている人間なら、一万円という額は(図書カードといえど)決して安くないというのは想像に難くない。

八時間必死こいて肉体労働し、あるいはずっと脚の筋が痙攣を起こすまで歩き続けて作業をして、それでも一万に届かない額の金しか貰えない。

 

それを、五時間休まずであるが、様々なブースを周って自分の見識を深めながらも、時給2000円強で金が手に入る。それも貴重な生の声を訊ける業界研究である。

 

私は金銭感覚とのギャップに目眩を起こした。

 

狂ってる、と思った。

 

この会にかけられている大量のカネ。参加者も百人はゆうに越えていたから、「ご褒美」は大量に用意されている。

 

大森の片隅でイキっている井の中のカエル君には想像もつかないような巨大なカネが、就活市場に動いているのだと思った。

 

もちろん私は9種、企業を周って一万円分の図書カードを貰うことにした。
無論高額な金額であるから、図書カードは一対一の手渡しで行われる。その為に受け取りでは三人、受付についていた。

 

受付には長い列が出来ていた。受付の方ではやはり、一万円(分の図書カード)を受け取っている人が多いみたいだった。(受付の人のカードを数える声が聞こえたのだ)。

 

会場には数百人は学生がいた。

その1/3もの人数が最大金額の条件を満たしていたとして、およそ300万円。2/3人が貰った額の合計がおよそ150万円だとして、これだけで450万円
それに会場は結婚式が行われてるような高級な所だった。知らないけれど丸一日貸切となれば相当の金額がかかるだろう。それから講師の出演料にブース設置にかかる人件費も馬鹿にはできない……。

 

巨大なものに飲み込まれているような感覚。

 

私は確かにそれを感じた。

 

ただ、この一万円、さすがに高額すぎであるし、この後、このような大々的な金額は見ることはなかった。とはいえこの前も「先着○○人に2000円分のギフトカード、両日来れば3000円のギフトカードも!」みたいなことをやっていた。

こういったサービスは、いわば「馬の目の前ににんじんをぶら下げるような」ものである。学生により多くの業界を、多くの企業を見てもらうために目の前ににんじんを吊ってやるのだ。

そして悲しいかな、私自身これが無ければ9種も企業を周らなかったと思う。
ちなみに9種は本当に閉会時間ギリギリ(五時間)までかかった。8種も一切休憩を取らずに時間いっぱいを使って周る必要があり、時間に限れば甘い条件ではなかった(もちろん、社会の厳しさに比べれば38℃のチョコレート風呂に長時間つかるくらい甘いのだが)。

 

ちなみに一万円分の図書カードは、デビルマンゴールデンカムイの単行本購入に全て費やした。ばか?

 

 

 


■就活は、疲れる。

就活は、疲れる。

 

これはマジだ。

 

私が疲れやすいからということはなく、就活を行っている人達からは「体力を使う」「しんどい」という言葉を本当に多く聞く。

 

前述のビッグサイトで会った同級生も、「なんか疲れてしまう」ということを言っていた。

 

文字にすればなんでもないことなのだ。ただスーツを着て電車に乗って移動をし、和やかで甘ったるい応対とサービスの中、わざわざ来てくれた企業の方々のお話を聞く。
場合によっては映画館に行くことよりも疲れないかもしれない。そんなことだ。

 

しかし事実私は半日合説に参加した翌日、全身が筋肉痛に襲われていた。二の腕から背筋まで全身の筋肉が疲労していたのだ。

 

イベントだけではない。就活サイトを見て検索をかけるだけでも億劫だし、大量に届くメールを毎日確認していると次第にノイローゼを起こしてくる。私なんかは花粉症+春うつも患っているから大変だ。最近は暑い日と寒い日が交互にきて身体をぶっ壊されそうになる。ESを書き出す気にもならない。もう三月も下旬だというのに。

 

どうしてこんなにもエネルギーがいるのだろうと思う。使い古された言葉を使って言えば、それはやはり新しい世界(≒社会)に飛び立つ(笑)からであろう。

 

さらに言い換えれば、イニシエーション(通過儀礼)なのかもしれない。

 

現在新卒採用にまつわる、就活コンサル、SPI3とその対策本、大量のカネ、胡散臭いセミナーと駅前にいるキャッチ……、それら全てが社会というムラに属する、人の集まり(mass)から成り立っていると考えると、これはまさしくイニシエーションと言い換えてもいいかもしれない。

 

思い付きで書き出したら恐ろしい闇に足を突っ込みそうになってきたのでとりあえずこのくだりはここで、おしまいにします。

 

 

 

 


■現代の城

とある大企業グループ会社の説明会で「あるもの」を持っている学生を度々目にした。

 

それは「キャリーバッグ」を持っているスーツ姿の学生だ。

 

一目でその学生は地方から泊りがけでやってきたのだと分かった。

 

そういう人達を見るたび、私は無意識に腰が引けてしまう。それは一種の劣等感にも近かった。

 

何しろ、もし私が彼なら、彼のように高いコストを支払って関東に行けないだろうと思ってしまうからだ。まずお金に時間もあるけれど、ホテルを予約したり数社の説明会回りの計画を立てたりと、ある程度大きな計画をもってして、準備しなければならない。ぼくは大変だと思いますよ、はい。

 

 

またとある駅、これはもう面倒なので伏字を使わず市ヶ谷と言ってしまうが、市ヶ谷駅に行った時、大量のDNPという文字があるビルを見つけた。

 

DNPといえばあの大日本印刷とそのグループ会社のことである。グループ会社は冠にDNPがついて、そこから○○と会社名がつく。

 

市ヶ谷駅からしばらく歩いて、マックがある角に、急で細い坂がある。

 

肩を上下させてその坂を、上る。

 

上る、上る。

 

すると何本も立つ「DNP」の柱が見えてくるのである。高いビルの頂上近くに備えられたDNPの文字だ。市ヶ谷という町のあちこちにDNPの名前を見るのである。高層ビル付きで。

 

白状すると私はかなり恐怖した。ビビった。

 

これが大企業なのだ。印刷業界の二大トップのうちのひとつ、そして科学や広告業界にも手を伸ばす、強大な人間の集合体。

 

まるで現代の城じゃあないかと思った。

 

一つの町に居を構え、それなら市ヶ谷は城下町だ。DNPのグループ会社に入るということは、そういう巨大な「マス」に参入し、しのぎを削るということと同義なのだと確信させられた。

 

……と過剰表現してしまった。多分、この個人的感覚は、少数派なものだと思う。私のような小心者の人間にしか感じ得ないのかもしれない。

 

でも何だか、この日から私は、世間一般の大企業(とその子会社)に向かうのが、何だか気味悪く思えてしまったのだ。恐ろしい、何よりもその巨大さが恐ろしいと。

 

 

 

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↑これは鱒(ます)。

 

 

 

 


■会社という集団、マス、家族

就職というのは「新たな集団に入る」ということだといえる。

 

集団同士の結びつきが強ければ、いやそうでなくても、彼らは一種の家族のように思える。

 家族と言ってしまうとワンピースなどを想起してしまうが、いや、やはり〇〇ホールディングスはまるで白ひげ海賊団のように見えてしまう。見えない? どうでもいいか。

 

それで、大学入学もそのような節があると考えている。

 

私は大学進学に失敗した。要は第一志望に進学できなかったということなんだけれど、私はもし自分が第一志望に入学していたら、あるいは「名のある大学に属している人間」について考えることがある。

 

その時私が恐れるのは、彼らが、あるいはIFの私が「自分は〇〇(例:早稲田、慶応、東京、京都……)大学の人間なんだ!」と自分の帰属に誇りを持つことである。

 

なんで恐れるのか。それは帰属すること自体にもあるんだけど(これは長くなるので省略)、自分の考えがその団体に影響されるということがある。

もちろん団体に入門するということは、大学という集団/マス/家族に属するというメリットがあると同時に、自分の考えがマスに左右し視野が狭くなるというデメリットがあると考える。

 

実際、私は自身の視野の狭さというのを強く感じたことがある。それも大学に入学した時であるが、それは中高一貫校に長く帰属し続けたことが原因の一つであった。

 

もちろん視野を広く保とう、と自覚していればそのようなデメリットは無くなるかもしれない。

 

しかし、実際に学閥のある企業は存在する。マスに帰属し、誇り、あるいは喜びを感じてしまう、という人がありうる。

 

逆に帰属することを恐れない人も、いると思う。

 

大企業を目指す、または入ることを夢見ていた人は「一体月山は何を言っているのだろう」と首を傾げることだろう。長く一つのスポーツを続け体育会系に属している人だったり、一つの名前やグループに属し続けていた人はさらなり、だろう。

 

でもさ、

 

でかい会社/集団/マスに属して、その名前を背負っていくの、めちゃくちゃ怖くない?

 

飲み込まれるような感覚を感じない?

 

果たして、私は本当に少数派なんだろうか?

 

 

 

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↑これは鱒(ます)。

 

 

 


■巨大なものに飲み込まれる感覚

ここ一か月間ずっと、こういった記事を書きたいなと思っていたが、ようやくその機会があって、ここまで書いていけて良かったと思う。

 

就活を始めてからずっと今まで、タイトルにも書いた、ある感覚をずっと抱いていた。

 

巨大なもの、それはひとつ取るなら巨大なカネ、あるいは大量の人々やその裏に見え隠れするイニシエーションの原理、そして今までは名前すらも知らなかった巨大な存在

 

そういうのと、未だ判明していないものとが、混ざり合い合体して、「名状しがたい巨大なうねり」になっていくのだと思う。

 

恐らくこれからも私(我々)はこういった「名状しがたい巨大なうねり」に飲み込まれていくのだろう。

 

それを乗りこなすか流れに身をまかすかはまた別の話だと思う。

 

海から出るのもまた一つの手だと思う。

 

ただ私と同じような考えを持っていたり、年齢が下の就活に不安を持ってる人たちが、この記事を読んで共感してくれれば言うことはない。

 

ここまで駄文を読んでくださりありがとうございました。


でもこれは、実のところごく当たり前のことなのかもしれない。
私より年上で社会人の方々は「そんなの当たり前じゃないか。まったくケツが青いガキは困るぜ!」とこれを読んで、思っているのかもしれない。あるいは既に経験すべきこと柄だったのかも。高卒で既に働きに出て、私よりも高度な技術を身に着けてる人は「やっぱり大学出はだめだな! 俺を見ろ! 下町守ってやらねーぞ」と思ってるのかもしれない。あと俺、ちょっと頭が弱くて大量の情報を同時処理するのがもの凄く苦手だし、、、ちょっと卑屈になってしまったが、もし意見があればよろしくお願いします。はてなブログ全然やってないし、はてな村とかニュータウンとか、文化はよく分からないのですが。